Fu-Ko-Q Present

arataxia〜風の紅き丘の上〜

エミヤくん家の○×事情〜『俺があいつであいつが俺で。』 1

「貴様はオレの体を何だと思っているんだ!」

 衛宮家の廊下をなんとなしに歩いていると、ふとそんな怒声が私の耳に届いた。
 その声はまだ幼さを残しており、例えこんな風に人を見下したような口調をしようとも、それはただの背伸びにしか聞こえないし、第一迫力に欠ける。
 ここのところ、彼のこんな怒声を聞くのは日常茶飯事になりつつあるのだけど、私のサーヴァントであるアーチャーの心情を思えば仕方の無いことなのかもしれないなんて思わざるを得ない。
 そんなことを脳内で廻らせながら、私はこの家の主である衛宮士郎の部屋で起こっているであろういさかい事を鎮める為、屋敷の奥へと脚を向けた。

「そんな低俗なモノで事を済まそうなどと、私を馬鹿にしているにもほどがあるぞ!」

 恐らく部屋のふすまは開け放たれたままなのだろう。一歩近づく度に二人の声はより明確になり、私にその全てを伝えてくれる。

「こんなの十代の男子おれたちにとっては普通だってことくらい、おまえだって知ってるだろ!? だいたいおまえは俺だったんだから、おまえだって同じ物持ってたってことじゃないか」
「それとこれとは話が別だ馬鹿者。だいたい、その程度のモノで今の私の体が満足するはずがなかろう。例え中身が入れ替わっていたとしても、必要な情報を入手するための目や耳、それに体が満足したと判断する脳髄は他でもない、このオレのものなんだからな!」

 言い合いの続く部屋の入口へ辿り着く。
 なんとなく、早めに会話を終わらせてやった方がいいような気がして、私は開け放たれた襖の枠に手を掛けると同時に、口を開いた。

「────二人とも、」
「じゃぁどうしろって言うんだよ! 中身が入れ替わってから一週間……おまえが毎回毎回邪魔してくれる所為で、俺は一度もヌけてないんだよっ」
「猿かおまえは。そんなもの、理性だけで何とかしてみせろ。
 というかだな、睡眠すら必要のないサーヴァントの体が自慰行為など必要とするものか。貴様が感じている性衝動など、ただの勘違いに過ぎん」
「男のおまえが性衝動を否定するなよ……っ! ヤりたいとか思うことくらい、普通にあるだろ!?」
「この際だからはっきり言わせて貰おう。
 オレの体を、自分が満足する為だけに使わないでもらおうか」
「こればっかりは排泄物と同じなんだから、どうにかできるわけないだろバカ!!」
「………………」

 そうして私は、掛ける言葉を失ってしまった。
 二人から見える位置に立ち尽くしているはずなのだけど、私の気配にすら気付かないほど罵り合いに夢中になっているのか、二人は相変わらずお互いしか見ていない。その内容があまりにもアレ過ぎるので、私は思わず眉間に皺を寄せ、ぐっとこめかみを押さえた。

「そういうおまえはどうなんだよ!
 おまえには部屋も無いんだし、だいたい体は俺のなんだから、一週間も我慢して平気なわけ……ってまさか、朝方こっそり洗面所に行って証拠隠滅とか情けないことしてるんじゃないだろうな!」
「だからおまえは未熟だというのだ。
 そんなもの、彼女マスターのことをアレコレと思い出せば、アダルトビデオそんなものなど使わずともすぐに」
「ちょっと待て!」
「ちょっと待ちなさい!!」

 深い男の声と私の声がユニゾンする。
 ほとんど無意識の内に、衛宮士郎の外見をした自分のサーヴァントントの発言に、反射的に怒鳴り返している私が居た。

「────ぁ、とお……さか」
「り、凛……ッ!」

 二人の視線が私へと注がれる。
 私の顔を見た瞬間二人同時に青ざめたということは、自分はとんでもなく恐い笑顔を浮かべているのだろう。二人の反応は悪くなかったけれど、それと同時に、そんなあからさまに恐がられるのもなんだか腹が立つ。

「ちょっとアーチャー。今の言葉の意味、私にも解るように説明してくれるかしら」

 私なりにとびきりの笑顔を浮かべ、同級生の外見をした従者サーヴァントに問い掛けた。
 自分の眉間がぴくぴくと痙攣してるように感じるが、きっと気のせいだ。

「いや、その………今のは男同士の話というかだな」
「だから私にも解るようにって言ったでしょう、アーチャー? それとも、私には言えない理由わけでもあるのかしら」

 部屋の中へと入り、背丈の変わらないアーチャーににじり寄る。体格の差というのは、やはり人の優劣を決めるのに大切な要素らしい。いつもは見上げるだけだったのアーチャーが、今は少しだけ可愛らしく思えた。

「私のアレコレ・・・・って、なに?」
「ぁ───それは、だな…………」

 外見が士郎だからだろうか。いつもよりずっと御し易いアーチャーに、私は追求を強めていく。


 ────ダンッ!!!


「!」
「!!」

 音が出るように激しく畳に足を打ち付けると、今は責めていない士郎までその大きな体をビクっと震わせるのを視界の端に感じた。

「……アーチャー?」

 私の迫力に押されたのか、一歩一歩後退していたアーチャーは、ついに部屋の隅にその背中をくっつけてしまう。これ以上下がれなくなった彼はきょろきょろと視線を部屋の中に泳がせた後、何かに気付いたかのように右手に持ったままだったソレを、私の前へと勢いよく突き出した。

「そ、そう! そもそも事の発端はこれだったのだ、凛っ!!」
「なによ、これ」

 私がそれを受け取ったところで、それまで二人のやり取りをオロオロと見ているだけだった士郎が慌て始める。

「あ! お、おまえ……っ!!!」

 一時的に手に入れたサーヴァントの能力を駆使し、私の手の中にあるソレを奪い返そうとするが時既に遅し。そこらの女の子なんて比べ物にならないくらいには鍛えてある私からソレを奪い返すことは、俄かサーヴァントには不可能なこと。
 虚しく宙を切った士郎の右手が、やり場を無くしてわきわきと動いていた。

「なによ士郎まで。変なところで気が合うのね、貴方たち……………………………………………………
……………………………………………………………………………………………って、士郎?」

 自分の首が不自然な感じで士郎の方へと向く。視界の端でアーチャーがそっと胸を撫で下ろしてたり、ぐるりとした首の感触が正直自分でも気持ち悪かったりしたのだが、それはこの際置いておく。
 手の中に在る平たいケースをまじまじと見つめた私は、どうして士郎がそこまで慌てたか、その理由の全てを理解することが出来た。

「ちょ、遠坂。落ち着け。は、話せば解る」
「そうよね。いくら朴念仁で有名な衛宮くんだって、健康な男の子ですものね。このくらい、持ってたって普通よね」
「そ、そうだろ? こんなものの一つや二つ……」
「ふぅん、これだけじゃないんだ」
「っ!! や、今のは言葉のあやと言うか!」
「───絶対領域の誘惑」
「!!」

 平たいケースに凝った文字で書かれたタイトルを、私は大声で読み上げる。

「女子○生の美脚にマッチした可愛らしいニーソを陰湿に犯していくシリーズ第二弾、ね」
「や、やめてくれ……」

 私に対する後ろめたさがあるのだろう。私の1.5倍はあるかという長身で、隆々とした筋肉を誇る彼の体がくたりと折り曲げられた。『もう聴きたくない』とでも言いたげに両耳を塞いだ格好が、私の加虐心を妙に刺激してくれる。
 さっきも士郎に言ったように、こういったものを持つことは百歩譲って仕方ないのだろう。でも、このパッケージに媚びた表情で写っている女優が長い黒髪のウェーブで、普段どことなく気が強そうな印象をしていたことだけは、女として見過ごすことが出来ない。
 右手に持ったDVDをひらひらと見せつけながら、私は左手を腰に置いて声を張り上げた。

「二人とも、そこに正座っ!!!」

 私の後ろにいたアーチャーも、その一言で即座に士郎の隣へと移動してくれた。


†        †        †


「なるほどね」

 大人しく並んで正座した二人に向かい合うように、私もまた畳の上に正座していた。私は二人から事情を訊き終えると、腕を組んでうんうんと頷く。

「つまり、アーチャーは自分の体を使って士郎が性的欲求を満たすのが気に入らなくて、士郎はそれじゃ我慢できない……と」
「いやその、おまえの口からそうあからさまに言われると立つ瀬が無いんだが……」
「でも本当のことなんでしょ」
「……………」

 ぴしゃりと言い放つと、ただでさえ小さくなってしまった体を更に小さくして、士郎はしゅんと項垂れてしまった。

「私だって、好きでこんなこと言ってるんじゃないのよ。貴方たちが入れ替わっちゃった事には私も責任を感じてるし、なんとかしたいと思ってるわ。
 まぁ、その方法がなかなか見つからないのは申し訳ないけど、二人が不自由を感じないように出来る限りの協力はしたいの」
「その気持ちは有難いが、凛。女性の君がこの問題を解決できるとは思えない。
 非常に恥ずかしい話だが、この年齢の頃の性衝動というのは猿のようなもので、そういったことに疎い君には理解し難い感情のはずだ」
「疎くて悪かったわね」

 士郎の声と顔で言われるのが、また私の癪に障る。

「それにこれは、衛宮士郎個人の問題だ。
 この手の品がこの屋敷のどこに隠されているか私は知っているし、それらを全て処分して、こいつには少し忍耐というものを覚えさせるくらいで丁度いいと私は思っている」
「な……っ!! 鬼かおまえは!!!」
「衛宮士郎、このくらいで音を上げるようではまだまだ私には届かんぞ」
「それとこれとは関係ないだろ!!」
「はいはい士郎は座って」

 立ち上がり、アーチャーに向かって捲くし立てていた士郎を軽くいさめると、私はふむと腕を組みなおして、目の前に置いた平たいプラスチックのケースをじっと見つめた。
 うん……見れば見るほど、なんというか複雑な気分にさせられるけど、今は我慢だ。
 そうして私は、冷静に二人の言い分を思い出す。アーチャーは元々士郎で、だからこそ今こうして士郎が必死になっているのも嫌というほど解ってしまうんだろう。しかもそれが我慢ならなくて、つい無理強いをさせてしまっているように見える。
 しかし、アーチャー曰く『こういったことに疎い』私の思考でさえ、その行為を士郎に禁止するというのはあまりにも酷な気がしてならなかった。第一、最初に私が割り込んでしまった会話を思い出す限り、アーチャーも彼と同じ事をこっそりとしているのだろう。この辺りは後でゆっくり追求するとして。まぁその時点で、士郎を責めるのはお門違いの様に思えてならない。
 それなら────

「じゃぁ、二人一緒にすればいいじゃない」

 ぱんと小気味良い手の音を部屋に響かせる。自分でも最上と思える名案に、私の表情は会心の笑みを浮かべることが出来ていた。

「!?」
「!!!」

 しかし二人の反応は全く同じものだった。最初に私を見たときよりもずっと青ざめて、そればかりか体を乗り出して私に抗議の声を浴びせてくる。

「凛、自分で何を言っているのか解っているのか!」
「そそそそそうだよ遠坂! それがどういう意味か本当に解って言ってるなら、おまえ悪魔にもほどが」
「衛宮くん、死にたい?」
「────っぐ、」

 笑顔を向けると、それだけで褐色の男は口を噤んでくれる。それを見届けて、私は二人に告げていた。

「だって、お互いの体を好きにされたくないなら、そうするしかないじゃない?」
「だからって男同士でとか、遠坂はいいのかよ!?」
「私? 私は別に構わないけわよ。
 だって、二人は元々同じ人間なんだし、その上今は中身が入れ替わってるわけでしょ? お互い自分の体に触れるんなら、全く問題ないじゃない」
「凛、その思考は絶対に有り得ない。例え自分とはいえ、男のナニを手伝うなど断固として拒否する!!」
「同じくだ!!」
「じゃぁどうしろっていうのよ。
 二人とも文句ばっかり言ってないで、自分たちのことなんだから少しはその頭使って考えなさいよねっ」

 責任を感じて事態の収拾に努めてきた私ではあったが、あまりにも二人が否定するばかりなのでイライラが募る。
 むっと顔をしかめ二人を睨み付けると、少し考え込むように瞳を伏せたアーチャーが、静かに語り始めた。

「責任を感じていると言ったな、凛」
「そ、そりゃあね……」

 そんな彼の様子に、正直私はたじろいだ。こんな時の彼はロクな提案をして来ないのを、私はよく知っている。
 幼い風貌に落ち着いた瞳の光を宿したアーチャーは、狼狽し始めた私など気にも留めず、とでもないことを口走ってくれた。

「ならば、君がなんとかしてくれればいいだろう」
「────へ?」
「確かにこいつと二人きりで、というのは非常に問題がある。何より生理的にも好まん。
 だが、君が私たち二人を相手にしてくれるというのであれば、その問題も最小限にとどめることが出来よう」
「はぁっ!?」
「君の体をこいつの手で触らなければならない上に、こんな小僧と共有させねばならぬのは正直忌々しい限りだが、この際それしかあるまい」
「な、なにを言ってるのよ……」
「いい考えだが、今と全く同じ台詞をおまえにも返させてもらうぞ、アーチャー。
 まぁ、背に腹は変えられないし、今はそれしかないと、俺も思う」
「え……ちょ、ちょっと衛宮くんまで」
「そうと決まれば善は急げだ」
「今日は丁度桜も用事で来れないって言うし、それなら藤ねえも来ないだろ」
「ライダーやセイバーも外出中だったな」
「来客があったとしても、この部屋であれば居留守も可能だしな」
「凛、こうなってしまった責任。その身でたっぷりと果たしてもらおうか」

 私の背中に押入れの襖が触れる。蛍光灯に照らされて伸びた二つの影が、私の視界を黒く覆っていった。

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